鍋清な人

鍋清な人

「先駆者、鍋清」代表取締役 加藤清春

130年を超える実績と経験

鍋清が誕生したのは明治10年。鋳造業「鍋清商店」として三重県の富田町で鍋釜を作っていました。その後、先代の社長が昭和13年よりベアリング事業を開始。戦争などで一時休業したことはあっても、「鍋清」という名前は昔から存在し、今では創業130年を超える歴史を築いています。

渡り歩いてきた、加藤社長の歴史

私が最初に入社したのは先代社長が創業した「光清」という子会社です。光清は7名で設立され、私は創業メンバー。当時、売上はほぼ無い状態に近く厳しい船出でした。しかし何もない状態から営業という仕事を始め、大変でしたがやりがいを感じたことも事実。光清にいた3年半は営業の最前線で実に多くのことを学びました。
鍋清に異動して、まずは業務・経理・営業企画を経験。業務の仕事では会社の基本的な仕事の流れを学び、経理の仕事ではお金の貴重さを実感、営業企画ではビジネスを創出することの難しさを考えさせられました。この経験は会社組織の流れを理解するとともに、今の私の基盤となっています。
そして1999年に社長に就任。その以前は経営層と社長との責任の違いについて、きちんと認識はしていませんでした。しかし先代の社長である父親が亡くなった時、責任の重さを痛感。「全ての責任が自分にある」ことの重圧を感じながらも、柱となる事業やお客さまの開拓、会社自体の改革をしていかなければいけないと強く思うようになりました。

他業界も巻き込む先駆者への第一歩

私が鍋清の社員だった1985年にプラザ合意がなされ、日本では急激な円高が進み、日本経済は不況に陥りました。その際に生まれた言葉「責任者歩けば値引きに当たる」は、今でも忘れられません。とても商社としての業態だけではやっていけない状態に。メーカーとしての機能を持つなど、事業の転換を余儀なくされました。
また当時は商品を営業が売り、金勘定は業務がやるスタイル。そのため、全体を理解している社員がいませんでした。私は企画の立場から、コンピューターと研修マネジメントシステムを導入。「全員経営」をモットーに、当時最先端のパソコンや管理用のソフトウェアを用いて社員の誰もが仕入価格・粗利益・販売価格がわかる仕組みを構築しました。お客さまにケースバイケースの対応ができ、収益が確保できる組織への転換期だったと感じます。同時に、基礎教育として、当社を含めた三社連携で研修を実施。これにより社外との関わりが増え、社員の意識にも変化が生まれました。定期的に外部講師を招いていたことは、この時代にはとても珍しい研修制度だったと思います。

市場の拡大、中国への挑戦

日本が今、厳しい立場にいるのは確か。その中でも特に中国は見逃せません。中国の進出を考えるにあたり、台湾へ拠点を開設。しかし初めての海外、そして中国という市場で、日本との違いを目の当たりにするなど、さまざまな問題に直面しました。
特に失敗だと思う出来事が通訳の問題です。当時、社内に通訳がいなかったため、お客さまが指摘している箇所を正確な表現で我々に伝えてくれないというケースが数多くありました。そのためトラブルが起きる度にスムーズに解決できず、そもそも私たちが状況把握できないという危機的状況に陥ったのです。これではいけないと、社内に信頼のおける通訳を配置し、その縁もあり、現在は上海に拠点を置いています。
中国で事業を展開する上では、言葉の壁や文化が異なるため、簡単には信頼を得られないと感じています。ビジネスだけの関係を築き上げようとすると、足元をすくわれる。そこが、中国市場における難しさでもあり面白さでもあります。

視野を広く、海外に目を向ける

中国を足がかりに、今後は広く東アジアに展開していきたいと考えています。ただ、結果を残せるかというと、まだ結論が出ていないのが現実。しかし鍋清の武器には、商社としてメーカーとしての実績と経験があります。
そして何と言っても、130年を超える、困難を乗り越え、お客さまに信頼していただいてきた歴史があります。この強みを活かして、市場に仕掛けていけば、東アジアにおいて事業を拡大していけると確信しています。日本の企業はリスクを怖がる。でも、いかにこのリスクと付き合えるか、この根気が必要だと考えています。

社員が褒められることが最大の喜び

今の私は、お客さまが社員の名前を出して、「彼にお願いしたよ」「ありがとう」と言っていただくことに、最高の喜びを感じます。お客さまは何かあった時に動いた社員を評価してくれます。それは得てしてトラブルのような状況です。仕事はいつも順風満帆には進みません。必ず困難が待ち構えています。お客さまに褒めていただけることは、その困難に社員が誠心誠意動いたのでしょう。これは、何よりも嬉しい。こうした社員は必然と社内評価も良い傾向があります。
私たちの仕事は、取引先さまに支えられています。この気持ちを忘れずに行動することで、やがて相手の立場を理解できる人間になることができるはず。これは仕事だけではなく、私生活においても大切になってきます。社員が自身の成長のために努力している姿をみることが、社長業をしていて良かったと思える瞬間です。
私は社員に「結果を恐れないで欲しい」と思います。やらないと何も見えない、これは私の経験から言えること。その時わからなくても、必ずわかる時が来ます。
私も常にチャレンジ精神を持ち、今は新分野でビジネスをするべく全国を飛び回っている最中です。もちろん大きな失敗もしました。すごく辛かった。思い出したくもない。でも、いい経験として次の段階に進んでいます。これからもチャンスをみつけ果敢に挑戦していきたいです。

先駆者「鍋清」で、あり続けたい

この「鍋清な人」を読んでいただいてわかるように、当時では考えられない、時代の先がけになる社内設備や事業を積極的に導入してきました。この姿勢は、今も、これからも変わりません。
でも間違えてはいけない。ただ、新しいことをやるだけではなく、自らが正しいと思ったことを行うことが、最も重要だと考えています。
鍋清に関わる全ての人に、「鍋清でよかった」と喜んでいただき、評価をしていただけるよう今後も精進し飛躍していきたいです。それには着実に前進していくことが必要。今、皆さまのおかげで、鍋清社員の心は一丸となっています。
鍋清は、新規分野への参入を含め、再び大きな展開時期を迎えています。「鍋清から情報を発信していく」。この攻めの姿勢で、市場に臨んでいきたいと思います。そして鍋清が積み重ねてきた経験を付加し、「真の豊かさ」をご提供していきます。
平成不況。この厳しい時代に生き残って行くために、130年を超える歴史から得た経験と知識に甘んじることなく、向上心を持ち続けて前進していきます。

代表取締役 加藤清春
加藤社長の履歴書編